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東京地方裁判所 昭和61年(ワ)8448号 判決 1991年2月05日

原告

甲野春子

右訴訟代理人弁護士

今井隆雄

松井孝道

被告

東京都足立区

右代表者区長

古性直

右指定代理人

原田憲治

外三名

被告

東京都

右代表者知事

鈴木俊一

右指定代理人

半田良樹

外二名

被告

乙川夏子

外二名

右被告三名訴訟代理人弁護士

片岡義夫

被告

丙沢一郎

主文

一  原告の被告らに対する請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、各自二〇〇〇万円及びこれに対する昭和六一年七月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  主文と同旨(全被告共通)

2  仮執行免脱宣言(被告東京都のみ)

第二  当事者の主張

一  請求原因

1(一)  原告は、東京都足立区立西新井小学校(以下「西新井小学校」という。)に勤務し、昭和六〇年四月一日から同年九月三〇日まで、六年二組の学級担任の職にあった者である。

(二)  被告丙沢一郎(以下「被告丙沢」という。)は、当時、西新井小学校の校長として勤務していた。

(三)  被告丁海冬子(以下「被告丁海」という。)、同乙川夏子(以下「被告乙川」という。)及び同田中秋子(以下「被告田中」という。)は、いずれも西新井小学校の原告の担任する学級の生徒の父母であった。

2  被告丙沢の不法行為

(一) 名誉毀損行為(その一)

被告丙沢は、昭和六〇年九月一八日午後七時ころ、保護者懇談会を開催し、その席上、原告の悪口についての発言を煽動し、原告のプライバシーに触れる事柄まで聞き出し、「そんなにひどい先生なら担任を外し、代わりに教頭を六年二組の担任にしましょう。」と発言し、懇談会という公の席上で公然と教師としての原告の信用を傷つけ、もって、原告の名誉を毀損した。

(二) 名誉毀損行為(その二)

被告丙沢は、同月二九日の父母特別参観日の席上において、「先程クラスのあるお母さんとすれちがったとき、そのお母さんが泣きながら、『うちの息子が主事室のガラスを割ったとき、原告が主事室に菓子折りをもって謝りに行きなさい、お金がないのなら立て替えてあげるといった。』と訴えた。」と発言し、虚偽の事実を公表して、教師としての原告の信用を傷つけ、もって、原告の名誉を毀損した。

(三) 担任外し行為

被告丙沢は、原告の担任児童に対する教育につき何ら問題が生じておらず、したがって、原告を学級担任から外す合理的な理由が全くないことを知り、又は知り得べきであったにもかかわらず、正式の父母会の懇談を経ることなく、被告丁海、同乙川及び同田中ら一部の父母と原告を担任から外すことを密約し、同月二九日の父母特別参観日において、原告を学級担任から外す旨の処分をした。右処分は、自由裁量の範囲を著しく逸脱した違法な職務命令というべきであって、原告に対する不法行為に当たる。

3  被告丁海、同乙川及び同田中らの不法行為

(一) 名誉毀損行為(その一)

被告丁海、同乙川及び同田中らは、原告を学級担任から外すことを企て、昭和六〇年九月一八日午後九時ころ、喫茶店「フリージア」において、大声で互いに、「あんな子供をすごくいじめる先生に担任を持たせるわけにはいかない。」、「何しろ、あの先生はすごいいじめをするんだね。」、「あんな馬鹿教師を教師にしておくことが間違いで、辞めさせた方がいい。」、「四人で原告を担任から降ろしてよかったわ。」などと公言し、原告の教師としての信用を傷つけ、もって、原告の名誉を毀損した。

(二) 名誉毀損行為(その二)

被告丁海、同乙川及び同田中らは、同月二九日の父母特別参観日の席上において、他の父母から原告に対する担任外しの同意を得るため、次のとおり発言し、公の席上で公然と教師としての原告の信用を傷つけ、原告の名誉を毀損した。

(1) 被告乙川は、「原告に対する苦情は、このノートに沢山の父母から寄せられている。」と発言し、ノートをちらつかせた。

(2) 被告丁海、同乙川及び同田中は、他の父母が発言しようとすると、交互に「原告がした言動を知らないから、原告の味方をする。」と発言し、他の父母の発言を妨害した。

(3) 被告乙川は、「この会が終わったら、原告のした行為を教えてやる。」と発言した。

(4) 被告丁海及び同乙川は、「原告は今まで父母との話合いを一切拒否した。」と交互に発言した。

(5) 被告田中は、他の父母に対し、「あなたのお子様は原告にいじめられていないから原告の味方をするんですよ。」と発言した。

4  被告らの責任

(一) 被告丙沢は、前記2(一)、(二)のとおり原告の名誉を毀損する行為をし、かつ、同2(三)のとおり自由裁量の範囲を著しく逸脱して違法な担任外し処分をしたものであるから、不法行為責任を負う。なお、少なくとも右2(一)の保護者懇談会は、勤務時間外に一部の父母と教職員の配置転換を討議した行為であって、被告丙沢の職務上の行為とはいえないというべきである。

(二) 被告丁海、同乙川及び同田中らは、前記3(一)、(二)のとおり原告の名誉を毀損する行為をしたものであるから、不法行為責任を負う。

(三) 被告東京都足立区(以下「被告足立区」という。)は、被告丙沢が被告足立区の公権力の行使に当たる公務員であるから、国家賠償法一条一項に基づき、被告東京都は、被告丙沢の俸給等の負担者であるから、同法三条一項に基づき、それぞれ、被告丙沢の前記不法行為によって生じた損害について賠償する責任を負う。

(四) 更に、被告東京都は、校長のような管理職を任命するに当たっては、人材を厳選すべきであったのにこれを怠り、管理職としての適格性が全くない被告丙沢を西新井小学校の校長に任命した点に、また、被告足立区は、教職員の任免について内申権を適切に行使し、被告丙沢のような不適格者が校長に任命されないようにすべきであったのにこれを怠った点に、それぞれ重大な過失があるというべきであり、それによって生じた被告丙沢の前記不法行為により原告が受けた損害について賠償する責任がある。

5  原告の損害

原告は、被告らの一連の名誉毀損行為及び担任外し行為等の不法行為によって教頭職受験の機会を奪われるなどその受けた精神的苦痛は大きく、その損害は、金銭に評価して二〇〇〇万円を下ることはない。

6  よって、原告は、被告らに対し、不法行為に基づく損害賠償請求として、各自二〇〇〇万円及びこれに対する不法行為の後である昭和六一年七月一四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合の遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  被告足立区、同東京都及び同丙沢

(一) 請求原因1は認める。

(二) 同2(一)のうち、西新井小学校において、昭和六〇年九月一八日午後六時三〇分から、当時の六年二組の保護者懇談会が開催されたこと及びこの懇談会に被告丙沢が出席したことは認めるが、その余は否認する。

同2(二)のうち、被告丙沢の発言は認めるが、被告丙沢が右発言をしたのは、父母参観の後に特別に設けられた六年二組の懇談会の席上においてである。被告丙沢が虚偽の事実を公言し、原告の信用を傷つけ、名誉を毀損したことは否認する。

同2(三)のうち、被告丙沢が職務命令により原告を学級担任から外したことは認めるが、その余は否認する。

(三) 同4(一)、(三)、及び(四)並びに5は争う。

2  被告丁海、同乙川及び同田中

(一) 請求原因1は認める。

(二) 同3(一)、(二)は否認する。

(三) 同4(二)は争う。

三  被告らの主張

1  被告足立区及び同丙沢

(一) 被告丙沢が原告を学級担任から外すに至った理由は次のとおりである。

(1) 第一に、原告と保護者との信頼関係が全く失われ、回復不可能な状態になっており、このまま放置すればこれ以上の混乱が発生すると判断したからである。すなわち、学校教育は教師を含めた学校側と保護者との相互理解、相互協力の下に進められなければならないものである。しかし、

① 原告は保護者への対応がしっかりできず、保護者の要望、訴えに応える努力をしていなかった。

② そのため、保護者からの相談、訴えが直接区教育委員会の相談室分室に寄せられることが多かった。

③ 保護者から学級担任への要望を校長が聞いた上、原告に伝えて指導助言しても、原告はこれを全く拒否していた。

④ 学級のPTA委員とは、もはや話合いができないほどに、関係が悪化していた。

⑤ 保護者の要望、訴えに対して、自分に不利なことがあると、子供にいじめの形であらわれていた。

⑥ すぐ告訴すると公言するため保護者も態度を硬化させていた。

⑦ そのため、これをこのまま放置すれば、原告に対する不信のみならず、学校不信にまで発展する恐れがあった。また、既に何人かの転校希望者が出ていた。

⑧ これまで保護者の説得に努めてきたが、もうこれも限界であった。

(2) 第二に、原告には生徒の指導の面について問題があっただけではなく、教師としての職務遂行の面にも問題があったからである。すなわち、

① 原告には、前年度からの保護者の要望に応えて努力する姿勢がなく、従前から問題とされていたような状況が依然として続いていた。

② 本人は、「一生懸命やっている。子供を見てください。」等と言うが、そのような言動と実際とが一致していなかった。

③ 校長が、自ら、また、学年主任に協力を要請した上で、指導をしたにもかかわらず、これを拒否しており職務を十分に遂行していなかった。

④ 理由もなく前担任や同僚を責めることがあった。

⑤ うるさいことを言うなら入院して休むと公言した。

(3) 第三に、原告には右のような問題が存在しただけではなく、右のような問題が存在した結果として、六年二組の生徒にもさまざまな問題が生じていたからである。すなわち、

① 学習内容についての基本、基礎が身についていないので、学習がおもしろくなく、学習に対する興味を失っていた。

② 生活面について粗野な点がみられ、明るさがみられなかった。

③ 学校であったことを家庭で話すと、後に学級担任からいじめられることを恐れて、子供が家庭で学校の話をしないようになっていた。

(二) 一般に、区立小学校の校長には、学校教育法二八条三項により、校務を掌り、所属職員を監督する権限が与えられており、この権限の中にはその監督に服する各教諭に対して学級を担任させるための職務命令を発することのできる権限が当然に含まれている。そして、どのような場合にその職務命令を発するか、また具体的にどの教諭にどの学級を担任させるかは、学校全体の校務を掌り調整することを任務とする校長の裁量に属すると解されるところ、被告丙沢は、昭和六〇年九月当時、西新井小学校の校長として、自らの裁量に基づき所属職員の学級担任を決定する権限を有していたものである。

したがって、被告丙沢は、法令に基づいて校長に与えられた裁量権を行使して、職務命令により原告を学級担任から外したのであるから、右の行為は法令に基づく行為として当然に適法なものである。また、被告丙沢の右職務命令は、右(一)に述べたような事情のもとにおいて発せられたものであり、職務命令として相当性を有するものであるから、校長に与えられた裁量権の範囲内の行為として適法であるというべきであり、もとより不法行為を構成しない。

2  被告東京都

被告東京都の教育委員会は、学校教育法施行規則八条に定める校長有資格者のうちから、毎年、当該年度の校長候補選考筆答試験に関する要項を作定して筆答試験と面接試験とを行い、併せて、区市町村教育委員会作成に係る人物・実績資料を参考とした上、これに合格したもののみを校長に任命しているところ、被告丙沢は、昭和五九年度実施の右筆答試験等に合格し、昭和六〇年四月一日西新井小学校校長に任命されたものであって、なんら管理職として不適格な者ではない。また、原告の主張する被告丙沢の校長としての各行為は、学校教育法二八条三項の規定に基づく校長としての裁量権の範囲内の行為であって、適法な行為というべきであるから、この点に関する原告の主張も失当というべきである。

3  被告丁海、同乙川及び同田中

(一) 民法八二〇条に規定される親の教育権とあいまち、現行教育法上、親は、学校及び教師に対し、子供が適正な教育を受けられるよう、積極的に要求する権利を有する。この親の適正な教育の要求権の中には、当然のことながら、学校又は教師によって著しく不適正な教育が行われた場合には、その是正を求める権利も含まれている。本件において、原告には学級担任として著しく不適格である行状が一年以上にわたり継続したため、被告丁海、同乙川及び同田中らは、学級の父母の要望を取り次ぐべく、校長として校務を掌る権利義務を有する被告丙沢に対し、原告を善導して授業を改善し、それが困難なら原告を学級担任から外すよう要求すると共に、毎日児童を通じて原告の行状を伝え聞いたり、又はPTA役員として原告に接する立場から、被告丙沢の判断に必要な情報、資料を提供したものである。すなわち、被告丁海、同乙川及び同田中はその適正な教育の要求権を行使したにすぎない。

(二) 名誉毀損とは、人の品格、行状、信用等に関する社会的評価を違法に低下させる行為をいうところ、請求原因記載の発言は、全くこれらに該当しないから、原告の名誉を毀損するものとはなり得ない。

(三) 原告が請求原因3(一)において主張している発言については、仲間同士での会話であるので公然性を欠くし、また内容自体も、被告丁海、同乙川及び同田中らの適正教育要求権行使の結果を話し合っているのにすぎないから、違法性がない。

4  被告丙沢

被告丙沢は、西新井小学校に勤務する地方公務員であるところ、原告が不法行為を構成すると主張する同被告の各行為は、すべて同被告の私人としての行為ではなく、職務上の行為であり、かつ、私経済的作用たる性質を有するものではないから、同被告は、国家賠償法一条一項にいう公権力の行使に当たる公務員としてその職務を行っていたものというべきである。したがって、仮に、被告丙沢が原告主張の行為をし、これにより原告が損害を受けたとしても、被告丙沢個人に賠償責任はない。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1は当事者間に争いがない。

二被告丙沢に対する請求について

1  請求原因2(一)について

西新井小学校において、昭和六〇年九月一八日、当時の六年二組の保護者懇談会が開催されたこと及びこの懇談会に被告丙沢が出席したことは当事者間に争いがない。

ところで、原告は、被告丙沢が右保護者懇談会において父母らが原告に対する悪口を言うことを煽動し、原告のプライバシーに触れる事項を聞き出したと主張し、<証拠>中にはこれに沿う部分が存するが、これらは具体性を欠き、所詮原告の推測の域を出ないものであり、にわかに信用することができず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

次に、<証拠>並びに弁論の全趣旨によれば、被告丙沢が、右懇談会の席上で、原告を学級担任から外して、代わりに教頭を担任に据える場合もあり得る旨の発言をしたことが認められる。しかし、他方、<証拠>を総合すれば、右懇談会は、従前から原告と原告が担任する学級の父母の一部との間の信頼関係が失われ、その間が不協和な状態に陥っているのを調整する目的で、被告丙沢が、校長としての立場から開催することとし、原告に対し職務命令をもってこれに出席するように促したにもかかわらず、原告は、これを正式の父母会と認めず、会合の趣旨が不明朗であるとして出席しなかったこと、被告丙沢は、右懇談会において出席した父母の意見を聴取した上、原告が職務命令に反して右懇談会に出席しなかったことをも併せ考えて、原告と一部の父母との間の前示不協和状態を調整することは極めて困難であり、今後の混乱を避け、学級における教育の円滑な実施を図るためには、場合によっては原告を担任から解任するのもやむを得ないと判断し、校長としての対処方針を明らかにするよう求める父母の要求に応じ、右のような発言をしたものであることが認められる。したがって、右発言は、被告丙沢が、原告の監督権者たる校長として、保護者懇談会の席上において、父母からの要求を受け、事態を収拾するために将来採り得べき一つの方策を示唆したものであると解されるのであって、これが多人数の前でされたからといって、原告の名誉を毀損する違法な行為とは認められないというべきである。

2  請求原因2(二)について

被告丙沢が、昭和六〇年九月二九日、「先程クラスのあるお母さんとすれ違ったとき、そのお母さんが泣きながら、『うちの息子が主事室のガラスを割ったとき、原告が、主事室に菓子折りをもって謝りに行きなさい、お金がないのなら立て替えてあげると言った。』と訴えた。」旨の内容の発言をしたことは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、右発言をしたのは、同日開催された父母特別参観の後に特別に設けられた懇談会の席上においてであったことが認められる。そして、被告丙沢は、その本人尋問において、右発言は、右懇談会に出席することができない保護者の一人の依頼により、その保護者に代わってしたものである旨供述しているところ、被告丙沢が右発言前にその内容が真実であるかどうかを原告に確かめたとは認められないし、保護者の依頼があったとしても、右懇談会においてそのような発言をすることの必然性なり、相当性があったかどうかは疑わしいが、右発言の内容は必ずしも原告の社会的な評価を低下させるものであるとは認められないから、これをもって原告の名誉を毀損したものということはできない。

3  請求原因2(三)について

原告は被告丙沢が原告を六年二組の学級担任から解任する旨の処分をしたことが、自由裁量の範囲を著しく逸脱しており不法行為を構成する旨主張する。そして、<証拠>によれば、右処分の背景には、一部の父母のわがままで節度のない言動、これらの父母といわゆる夜の父母会において話し合うことを拒否し続けた原告の頑な態度、原告とこれら父母との間を調整し切れなかった被告丙沢の指導力の弱さ等の事情があったことが窺われるが、右処分がされるに至った経緯及び理由は前記1において認定したとおりであって、その当不当の点はともあれ、それが自由裁量の範囲を著しく逸脱し濫用にわたるものであるとまでは認められない。

4  そうすると、その余の争点について判断を加えるまでもなく、原告の被告丙沢に対する請求は理由がない。

三被告丁海、同乙川及び同田中に対する請求について

1  請求原因3(一)について

<証拠>中には、被告丁海、同乙川及び同田中らが、昭和六〇年九月一八日、前示懇談会の終了後、喫茶店「フリージア」において、請求原因3(一)記載のような発言をし、原告が担任から解任されることを話題にしていた旨の原告の主張におおむね沿う記載及び供述が存在し(ただし、請求原因3(一)記載の事実中、被告丁海らが、「あんな馬鹿教師を教師にしておくことが間違いで、辞めさせた方がいい。」という発言をしたとの点については、これに沿う証拠がない。)、また、<証拠>にも右内容に沿う記載がある。

ところで、一般に、小学校教育は、学校と父母とが両輪となって協力し合うことによって成り立つものであるから、父母らが学校の教育内容に関心を抱き、学級担任又はその教育方針、教育内容等について要望を出し、あるいはその教育方針や教育内容等を批判したり、これらについて注文を付けたりすることは、当然許されることであり、また、父母の間で、担任教師の学級運営の在り方や教育方針、教育内容等について議論し、あるいはこれを批判することも当然許されるべきことである。そして、他方、教師は、できる限りその教育方針、教育内容等に関する父母の要望又は批判に耳を傾け、これを受け止めるよう努力すべきであり、仮に、父母らが担任教師に対する不平、不満を談合し、その内容が教師としての能力や指導方針に関する批判や非難に及ぶことがあったとしても、それがいたずらに担任教師に中傷を加えるものでない限り、受忍すべきものである。そして、本件について、被告丁海、同乙川及び同田中らの発言は、前示の趣旨で開催された懇談会の終了後に、いわば懇談会における議論の延長として、原告の担任としての適性あるいはこれに関連して学級担任の解任について話題にしたものであって、右のとおり許容される範囲内のことに属するから、原告がいじめをする教師であるとの点その他右発言の内容が客観性のあるものであるかどうかは明らかでないにしても、反対にそれがいたずらに原告を誹謗中傷するものであると認めるに足りる証拠もなく、また右発言が喫茶店の中という限られた中で仲間同士の間でされたものであることを考慮すると、右発言は、未だ不法行為(名誉毀損)を構成するような違法性のあるものであるとは認められない。

2  請求原因3(二)について

原告は、被告丁海、同乙川及び同田中らが九月二九日の父母特別参観後の懇談会において、同3(二)記載のような発言をした旨主張し、<証拠>中には、これに沿う部分がある。ところで、<証拠>及び弁論の全趣旨によれば、右懇談会においては、前示のとおり原告と一部の父母との間の不協和状態が依然として続いているという状況の下において、今後も原告が担任を継続して行くことの是非の問題を含め、学級の運営の在り方について、学校側と父母とが意見を交換することが予定されていたことが認められるのであり、このような会合の性質上、父母から原告に対し批判的な見解が述べられることも当然予想されたところであって、たとえ原告主張のような発言があったとしても、そして、その内容は感情に走り、冷静さを欠いたものであるとの批判を免れ難いとしても、原告の学級運営に対する意見表明あるいは批判として許されるべき限度内のものであって、未だ不法行為に当たるとは認められないというべきである。

3  そうすると、原告の被告丁海、同乙川及び同田中に対する請求は理由がない。

四被告足立区及び同東京都に対する請求について

1  原告は、被告足立区は国家賠償法一条一項に基づき、被告東京都は同法三条一項に基づいて、被告丙沢の不法行為によって生じた損害につき、原告に対して賠償する責任を負う旨主張するが、前示のとおり原告が被告丙沢の不法行為として主張する請求原因2(一)、(二)及び(三)記載の行為がいずれも不法行為に当たるとは認められない以上、被告足立区及び同東京都に対する右主張は、その余の点について判断を加えるまでもなく、失当である。

2  さらに、原告は、被告東京都は、管理職を任命するに当たり、人材を厳選すべき義務を怠り、管理職としての適格性が全くない被告丙沢を西新井小学校の校長の任命した点に、また、被告足立区は、教職員の任免について内申権を適切に行使し、被告丙沢のような不適格者が校長に任命されないようにすべきであったのにこれを怠った点に、それぞれ過失があるから、被告丙沢の違法行為によって原告が受けた損害の賠償責任があると主張するが、これはいずれも被告丙沢の違法行為を前提とする主張であるところ、これが理由のないことは前示のとおりであるから、この点に関する原告の請求も理由がない。

五以上によれば、原告の被告らに対する本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官青山正明 裁判官永田誠一 裁判官田代雅彦)

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